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enaの中学受験対策は効果ある?日能研・早稲アカとの比較評判

元のスレッド: 学習塾enaに行けば中学受験で第一志望に合格できますか? 他の塾、 日能研、早稲田アカデミーなどと比べてどうですか? enaのことが記事に出てる。 ↓ 難関化する公立中高一貫校とその対策の実態 学習塾enaはなぜ躍進できたのか? おおたとしまさ | 育児・教育ジャーナリスト 2017/11/21(火) 12:00 西東京ではenaの合格者数が定員の6割を超える 東京都に最初の公立中高一貫校ができたのは2005年。大学進学実績が出てからは難関化が進んでいる。2017年の四谷大塚合格率80%偏差値を見ると、小石川で男女ともに64。これは同日に入試を行う、慶應義塾中等部(男子)、神奈川御三家の浅野、人気女子校の鴎友などに匹敵する難易度だ。同様に武蔵で男子61/女子64、両国で男子60/女子62。私立中高一貫校受験でも難関校の部類に入る偏差値帯だ。 いち早く公立中高一貫校の適性検査に特化したコースを設置し、多くの合格者を出すことに成功したのが西東京を中心に教室を展開する学習塾enaである。 2017年度の東京都下の公立中高一貫校11 校への合格者総数は738名。総募集定員に対するenaの合格者占有率は約5割で、西東京多摩地区の4校に限った占有率はなんと6割を超える。東京都の公立中高一貫校対策塾として、圧倒的な強さを誇っているのだ。 全国的に見ても、公立中高一貫校対策でこれだけの実績をあげている塾は珍しい。 経営危機にあったからこそ新市場に打って出た 1972年に国立市に創立された小さな塾「国立学院」がenaの祖。創立者は現在の学究社(enaの母体)の取締役会長兼代表執行役社長・河端真一氏である。学生起業だった。1970年代といえば、経済成長に合わせて高校進学率が上昇し、塾が乱立した時期である。 河端氏は、塾長として勉強を教えることだけでなく、経営者としての手腕にも長けていた。1976年に「学究社」として法人化すると、1985年には塾業界初となる株式上場を果たした。当時最年少の上場社長となった。 1991年、大学・高校・中学受験の最難関をターゲットにした専門塾ブランド「ENA」を立ち上げる。同じころ、日能研が八王子に進出した。時代的にはちょうどサピックスがTAPから分裂した直後にあたる。塾同士による講師の引き抜き合戦も盛んだった。まさに中学受験塾の戦国時代である。 1996年には塾ブランドを「ena」に統一するも、その後、経営的には非常に厳しい局面を迎える。2000年代に入ってからは大手塾の勢いに押され、地元塾との競争にも疲弊し、活路を見出せずにいた。 都立中高一貫校の構想が発表されたのはちょうどそのころだった。立川国際、三鷹、武蔵と、国立の近くにもできる。これに機を見た河端氏の判断は速かった。都立中高一貫校対策に舵を切ると決める。都立中高一貫校の開校予定に合わせて、その通学圏に当たる沿線に、小規模の教室を一気に展開した。 経営的に追いつめられていたからこそ、誰よりも早く「新市場」に打って出る決断をしたのだ。もし当時、enaの経営が順調だったなら、いまごろ都立中高一貫校対策塾にはなっていなかったかもしれない。 https://news.yahoo.co.jp/byline/otatoshimasa/20171121-00078373/

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このまとめの概要

学習塾enaの中学受験対策について、他塾との比較を求める質問に対する議論。enaが公立中高一貫校対策で西東京地区の合格者占有率6割超の実績を持つ背景や、早稲アカの指導力を評価する声、enaの合格実績の集計方法への疑問などが投稿されている。

[1]2020年1月6日

学習塾enaに行けば中学受験で第一志望に合格できますか? 他の塾、 日能研、早稲田アカデミーなどと比べてどうですか? enaのことが記事に出てる。 難関化する公立中高一貫校とその対策の実態 学習塾enaはなぜ躍進できたのか? おおたとしまさ | 育児・教育ジャーナリスト 2017/11/21(火) 12:00 西東京ではenaの合格者数が定員の6割を超える 東京都に最初の公立中高一貫校ができたのは2005年。大学進学実績が出てからは難関化が進んでいる。2017年の四谷大塚合格率80%偏差値を見ると、小石川で男女ともに64。これは同日に入試を行う、慶應義塾中等部(男子)、神奈川御三家の浅野、人気女子校の鴎友などに匹敵する難易度だ。同様に武蔵で男子61/女子64、両国で男子60/女子62。私立中高一貫校受験でも難関校の部類に入る偏差値帯だ。 いち早く公立中高一貫校の適性検査に特化したコースを設置し、多くの合格者を出すことに成功したのが西東京を中心に教室を展開する学習塾enaである。 2017年度の東京都下の公立中高一貫校11 校への合格者総数は738名。総募集定員に対するenaの合格者占有率は約5割で、西東京多摩地区の4校に限った占有率はなんと6割を超える。東京都の公立中高一貫校対策塾として、圧倒的な強さを誇っているのだ。 全国的に見ても、公立中高一貫校対策でこれだけの実績をあげている塾は珍しい。 経営危機にあったからこそ新市場に打って出た 1972年に国立市に創立された小さな塾「国立学院」がenaの祖。創立者は現在の学究社(enaの母体)の取締役会長兼代表執行役社長・河端真一氏である。学生起業だった。1970年代といえば、経済成長に合わせて高校進学率が上昇し、塾が乱立した時期である。 河端氏は、塾長として勉強を教えることだけでなく、経営者としての手腕にも長けていた。1976年に「学究社」として法人化すると、1985年には塾業界初となる株式上場を果たした。当時最年少の上場社長となった。 1991年、大学・高校・中学受験の最難関をターゲットにした専門塾ブランド「ENA」を立ち上げる。同じころ、日能研が八王子に進出した。時代的にはちょうどサピックスがTAPから分裂した直後にあたる。塾同士による講師の引き抜き合戦も盛んだった。まさに中学受験塾の戦国時代である。 1996年には塾ブランドを「ena」に統一するも、その後、経営的には非常に厳しい局面を迎える。2000年代に入ってからは大手塾の勢いに押され、地元塾との競争にも疲弊し、活路を見出せずにいた。 都立中高一貫校の構想が発表されたのはちょうどそのころだった。立川国際、三鷹、武蔵と、国立の近くにもできる。これに機を見た河端氏の判断は速かった。都立中高一貫校対策に舵を切ると決める。都立中高一貫校の開校予定に合わせて、その通学圏に当たる沿線に、小規模の教室を一気に展開した。 経営的に追いつめられていたからこそ、誰よりも早く「新市場」に打って出る決断をしたのだ。もし当時、enaの経営が順調だったなら、いまごろ都立中高一貫校対策塾にはなっていなかったかもしれない。 https://news.yahoo.co.jp/byline/otatoshimasa/20171121-00078373/

[2]2020年1月7日

key********key********さん2020/1/8 2:40多少の難関校以上を志望であれば、早稲アカが良いと思います。 指導が的確なのか、直前期の追い込みが上手です。

[3]2020年1月7日

ゆうゆうゆうゆうさん2020/1/7 21:40enaは確かに実績があるように見えるがそのまま数字を受け取ってはだめです。まず、教室数が他の塾と比べて圧倒的に多い。そりゃ人数だしてなきゃおかしい。そして、これは高校に関してですが、enaの合格者実績は過去に10時間以上のenaの講習に参加した人から集計されてる。enaどうこうではなく、自分にあった塾を見つけるのが一番良い。

[4]2020年1月6日

tnk_keitnk_keiさん2020/1/7 1:14私立の中学を受けるなら早稲田アカデミーがオススメです!

[5]その他2020年1月6日

bas********bas********さん2020/1/6 20:47元日能研生です どこの塾もそうかもしれませんが、日能研はただただきつかった。 小学生の私には耐えられませんでした。 今は変わったかもしれませんが私が通っていた時は 6年から週一でカリキュラムテスト、月一でクラス替えテスト(当時はセンター模試と呼ばれていた)がありました。 クラスは4つに別れており、1番上のクラス(偏差値60以上など)だけ使う教材が違う。 そのため、先生たちから「お前らがクラス落ちたら新しい教科書買い替えなきゃいけないんだぞ、親に迷惑かかるぞ」と言われ。 プレッシャーに追われながらの日々。 毎週毎週テスト。カリキュラムでは成績順で席替えです。 クラス替えテストの恐怖と言ったら当時の私には耐えられなかった。 授業も一コマ70分。それが平日では小学校が終わった後3コマ。 土日は1日中塾。 日曜は9時から12時半までテスト。13:30から授業が5.6コマ。 終わるのは夜の9時40分。 私には耐えられませんでした。 もちろん耐え抜いた生徒はラ・サールや有名私立に受かっていきました。 それでも落ちた生徒もいました。 結局は本人に合うかどうか、です。 私はとことん合わず、受験直前で軽い鬱のようなものになり受験は断念。 まあ結果として大学は有名私大に受かったのでよかったかな、とは思いますが。 どこの塾も小学生には過酷なものだと思います。本人が受験前に折れないようなところに行くのをおすすめします。 まずは体験などしてみては?

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